「すごくないインストラクター」であるということ 〜勝浦ダイバー、ノリさんのところ【第5話】

「勝浦ダイバー、ノリさんのところ」、最終話の5回目は、ノリさん自身について。

自分はすごいインストラクターじゃない、と何度も口にするノリさん。でも、マイダイブのお客さんにインタビューすると、みんな口を揃えて「ノリさんの人柄が好きで来てる」「ノリさんのところに来ると、一人でダイビングしても孤独を感じない」と言います。ノリさんの言う「すごくなさ」を掘り下げてみたら、ダイビング・インストラクターという仕事の本質が少し見えてきました。

上野貴則(うえの よしのり)

千葉県鴨川市にあるダイビングショップ「マイ・ダイブ」オーナー。勝浦でダイビング・インストラクターをはじめ、今年で歴17年。これまでに潜ったダイビング本数は9,000本。うち95%は勝浦で潜る生え抜きダイバー。PADIダイビング・マスター、スクーバ・ダイバー、トレーナー。

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第5話 「すごくないインストラクター」であるということ

29歳でダイビング初体験!遅咲きのインストラクター

ヒトデさん(ダイビング未経験)
ノリさんは、どうしてダイビング・インストラクターになったの?

イソギンチャクさん(ダイビング経験50本)
そうえいば、なぜ千葉の勝浦でダイビングショップを始めることになったんですか?

ノリさん 私の経歴はスタンダードからずいぶん外れてますから、これからダイビング・インストラクターを目指す人には参考にならないかもしれませんが…(笑)。実は私、出身は栃木県なんです。しかも、工学部出身の理系です。

え、そうなの?ちょっと意外。

ノリさん はい。大学を卒業してすぐ、埼玉のメーカーに就職して3年間サラリーマンをしていました。でも、なにか違うことがしたくて、会社を辞めて1年オーストラリアに行きました。その時に、ダイビング・インストラクターの資格をとりに来ていた方に出会ったんです。その頃は「ダイビング?ふーん」って感じで、まったく興味がなかったんですよね。

帰国してから、栃木の飲食店で働いていました。新しいことを一から学ぶのは大変でしたけれど、自分には接客が向いているんだと分かって、楽しくてやりがいがある仕事でした。

船着場に向かうマイダイブのお客さんとノリさん

いまのところ、全然ダイビングを始める気配がない人生ですね。

ノリさん ええ(笑)。でも、仕事にようやく慣れてきたころに、ふとオーストラリアで出会ったダイバーの方が千葉でインストラクターをしていることを思い出して、栃木からドライブがてら会いに行き、ダイビング・ショップを訪ねました。栃木に戻って何日か後に、ショップの方からお電話で「勝浦に来てインストラクターやってみない?」ってお誘いを受けたんです。

え、ノリさん、その時までダイビング経験ゼロですよね?

ノリさん そうなんですよ。たまたま、ショップの人手が足りなかったんですね。「えーと、しばらく考えさせてください」と言って電話を切って、数ヶ月よく考えて「勝浦、行きます」って伝えたんです。

すごい決断。なんでやってみようと思ったの?

ノリさん 「やったことないし、面白そう」って、ただそれだけでした。とはいえ、ダイビングについて何も知らないですから、体験ダイビングからのスタートです。そのあと、10ヶ月ぐらいかけてダイビングを教えるのに必要なライセンスをすべて取りました。29歳からのダイビング・デビューです。

インストラクターになるって決めてから初ダイビングって、さすがに珍しいパターンでは…。

ノリさん ですね(笑)。それから3〜4年ほど勝浦のダイビング・ショップで働いたあとで、自分のやり方でやってみたくなって、33歳のときに独立してダイビングショップ、「マイダイブ」を始めたんです。

なんか、想像していた経歴と違った。スピード感もバグってるし。

ノリさん ね、参考にならないでしょう?スポーツを専門にしていたわけでも、ダイビング好きが高じてインストラクターになったわけでもないんですよ。さすがに独立した時には、ダイバーの先輩にも「そんなに早く独立するやつなんていねぇよ、本当に大丈夫か?」って言われたぐらいです。

「すごくないインストラクター」が、負けない一つのこと

ダイビング・インストラクターになったり、ショップを経営するためには、どんな能力が必要なの?

ノリさん 私は、「すごいインストラクター」じゃないんです。魚にすごく詳しいとか、ダイビングがスポーツ的に上手いとか、そういう知識的、技術的な意味での「すごさ」には、どこにも分類されないんです。だから、「魚オタクでもスキルオタクでもないし、ノリさんって本当にダイビングが好きなの?」って聞かれると、一瞬言葉に詰まるかもしれない。

自称、「すごくないインストラクター」。

ノリさん はい。でも、一つ自分が人に負けないことを挙げるとしたら、「接客好き」ってことだと思います。以前にご飯屋さんをしていたのも、お客さんに喜んでもらうことがすごく好きだったからなんです。

これまでのお話でも、ノリさんは一人一人のお客さんの特徴をよく見ている感じがしますよね。

ノリさん 「相手を見て、合わせられる」というのは、ある意味で私自身に自分がないっていうことかもしれない。でも接客業では良い面があります。ダイビングはお客さんが主役なんです。だから、お客さんにとことん目線を合わせることが大切なんですね。

準備時間や休憩中は、会話を聞きながらさりげなくお客さんの興味をチェック

たとえば魚博士みたいなすごいインストラクターは、魚の知識を教えてくれたり、図鑑を取り出してきて徹底的に解説してくれるかもしれません。もちろん喜んでくれるお客さんはたくさんいますが、中には「魚の種類はどうでもいいんだよなー」って思っている人もいるんです。

わかります。海中で出会った魚の種類を全部書き留めたい人はたくさんいるけど、私はあんまり覚えられないタイプ….。インストラクターさんが解説してくれたら、もちろん興味は持つんだけれど。

ダイビング後に撮影した海中写真を見せ合うダイバーたち

ノリさん いろんな人がいるんですよね。だからお客さんをよく観察して、魚好きそうなら図鑑を出してきて一緒に調べて、そうじゃない人には別の興味を探ります。常連さんと初めての人でも説明の仕方や話題を変えてみたり。そういったサービスへのこだわりは、めちゃくちゃ強いかもしれません。

そんなこと言いながらも、うちの奥さんには「いや、あなたは人の気持ちが分かってない部分もある」ってよく怒られてますけれど(笑)

家族からの厳しいツッコミ(笑)

海も陸も100%楽しませる、芸人系インストラクター道

ノリさんのところに来るダイバーさんは、みんな口を揃えて、「ノリさんの人柄が好きだから来てる」「一人でダイビングに来ても、ノリさんのところは、孤独を感じない」って言ってました。

ノリさん ダイビングって、潜っている時間は1回で40分程度、2回潜っても80分じゃないですか。潜る前の準備や説明、休憩時間や片付けを入れたら、陸上にいる時間の方がずっと長いんですよ。だから、陸にいる時間も含めて楽しんでもらえたら最高ですよね。

すごいインストラクターさんが、海でのサービスに8割、陸でのサービスに2割の配分で力を入れているとしたら、私の場合は逆で、陸に8割、海に2割かもしれない。それだけ、来てくれた人が一人でも、初めてでも、来た瞬間から帰るまで楽しくすごしてくれることを気にかけています。

これから入るダイビング・ポイントの地形やコースを、ジョークを交えながら丁寧にブリーフィング

「陸に8割」は言い過ぎじゃないですか?(笑)

ノリさん あ、言いすぎました(笑)。とにかく海も陸も、楽しんでもらえるように全力でガイドしたい。海の中ではおしゃべりできないですから、どれだけ陸で笑ってもらえるかが勝負!みたいな感じでやってます。

たしかに、ダイビングって準備や休憩のときの雑談や、終わった後で食べる海飯なんかも、全部セットで楽しいんですよねー。

ノリさん あのー、実は私、昔はお笑い芸人になるのもいいな〜って思った時もあったんですよ。

え〜、お笑い芸人!

ノリさん 「一緒にコンビを組んで芸人になろう!」って、冗談で大学の同級生を誘ったら「いや、無理」って言われましたけど(笑)。

ダイビングを始めてみて、自分はお客さんを楽しませるのが好きなんだってことに気づきました。ある意味では、芸人っぽい仕事でもあるかもしれません。海を介して人と繋がれて、来た人が喜んで笑ってくれる。ダイビングの面白さを分かってくれる。そんなところにやりがいと快感があるんですね。

体験ダイビングでは、初めての人が安心して潜れるように笑いを交えながら機材を解説

ノリさんは「芸人系ダイビング・インストラクター」なんだねぇ。

ノリさん そうそう、芸人系らしく、私って意外と根暗なところもあるんですよ。でもインストラクターをしている時は仕事スイッチが入って、楽しい方の自分が自然と出せるんです。多分、自分がもっている生来の暗い部分が、ダイビングで救われているんだと思います。

だからきっと、サラリーマンよりもご飯屋さんの方が向いていたし、ご飯屋さんよりもダイビング・インストラクターのほうがもっと自分にハマったんですね。ダイビングを通じて、自分が本来やりたかったことがいつのまにか実現できている、それが、ありがたいなぁって感じます。

天職だったんですねぇ。

ノリさん 「芸人じゃないんだから、何でもかんでもペラペラ話してプライベートをお客さんに晒すな」って奥さんにはよく言われるんですけど(笑)。

ノリさんに本質的なダメ出しをちょこちょこしてるらしい、陰で支える奥さんの存在が際立っているね(笑)

ノリさん うちの奥さん、私より男前なところがあるんです。「ノリは奥さんに感謝しなきゃだめだぞ」って、いろんな人によく言われてます。

あたりまえのことを、ちゃんとできること

芸人になりたかった夢も、飲食店の経験も、いまのダイビングショップの経営に生かされているんですねぇ。

ノリさん 29歳からインストラクターを始めた自分は、ずいぶん遅咲きです。でも、いろんな人生経験をしてからこの道に来たのは、きっとよかったのかもしれない。出会いに恵まれてきたと思います。それに、もし20歳ぐらいの若い時にダイバーになってたら、沖縄のリゾートなんかで別の人生を送っていたかもしれません。

お客さんが絶えないダイビング・ショップになる秘訣ってあるの?

ノリさん 秘訣なんて、本当にわからないんです。でも、お客さんが安心して来てもらうためにすべきことって、すごく基本的なことかもしれません。例えば「この日、ダイビングできますか?」ってお客さんがメールをくれたら、なるべくすぐに返信するとか。お店のブログやSNSは、サボらず毎日更新するとか。レンタルのダイビングスーツに穴や汚れがないとか。

海に入る前に、お客さん一人一人の装備をていねいにチェック

なぜかって、もし自分がお客さんの立場なら、連絡したらすぐ返信が欲しいと思うんです。初めて行くダイビングショップの様子が知りたかったらブログを見るし、更新頻度は気になります。常連のお客さんたちは、自分がシェアした海中写真をブログやSNSに上げてもらえるのを、楽しみにしてくれてると思うんです。ダイビングスーツだって、体験ダイビングで1回しか着ないとしても、綺麗な方がいいじゃないですか。

お客さん目線であること。当たり前のことが、ちゃんとできていること。それが一番大切じゃないかなって思います。それって、お金をかけなくても、自分がすごい人間じゃなくても、できる気配りばかりなんです。

お客さんとの距離を縮ませる、勝浦の海のちから

この連載も今回で終わりだね!ダイビングと房総半島の海の面白さがたっぷりわかった気がする。ノリさん、ありがとう。

ノリさん、最後にひとこと!

ノリさん そうですねぇ。さっき、マイダイブにきたお客さんが「一人で来ても孤独を感じない」って感じたと聞きましたけれど、それは私のところだからというより、勝浦の海のちからかもしれません。有名な観光地だったり、ダイビングのメッカなわけじゃない。でも、だからこそ、私だけじゃなくて、勝浦のダイビング・インストラクター達は、お客さんと距離が近くて、丁寧にコミュニケーションをとれているんだと思います。

私は栃木出身ですけれど、千葉っていう土地が一番大好きなんです。ダイビングスポットとして魅力的なだけじゃなくて、特に房総半島は気候がよくて、自然が素敵で魚は美味しいし、雰囲気もよくてとても暮らしやすい土地です。だから、たくさんの人に魅力を知ってもらいたいですね。

(おわり)

ノリさんの勝浦ダイビング豆知識

ダイビング・インストラクターってどんな仕事?

ダイビング・インストラクターって何をする仕事なの?

ガイド、安全管理、講師、機材ショップなど、いろんな側面がある仕事です。体力勝負、健康第一のお仕事ですよ!

ダイビング・インストラクターは、ガイド、ライセンス講習の講師、体験ダイビングの案内、ダイビング機材の販売やメンテナンス、沖縄や海外へのダイビングツアーの企画、などなど、少ない人数でさまざまな仕事をこなします。

ダイビングは季節を問わずできますが、ピークシーズンは夏は5月から9月の間で、お客さんが集中します。そんな時は、マイダイブでは臨時のダイビングガイドさんが週末に何人かきてくれます。みんな元々はお客さんで、ダイビングが好きが講じて講師になってくれた人たちなんです。

毎日海に入る仕事ですし、体力が勝負。風邪を引いたり体調を崩したら仕事に影響しますから、普段からしっかりした健康管理が必要なお仕事ですし、健康のための筋トレなんかも続けています。

ダイビングショップの経営って、好きだからこそできる仕事なんですね。楽しいだけじゃなくて、人の命を預かり、場合によっては自分の命に危険が及ぶ可能性もゼロじゃありません。安全第一ですから、一度に案内できるお客さんも限られています。きっと、大儲けしたい人が選ぶ仕事ではないかもしれない。

でも、こんなふうに毎日大好きな海に潜れて、個性的なお客さんたちと喜びを共有できる仕事は他にありません。館山には大先輩の大御所ガイドさんがいて、いつまでも現役で海に潜っています。私もできる限りはずっと、死ぬまでダイビングの仕事を続けたい。そのためには、とにかく健康第一ですね!

体験ダイビングの詳しい情報は、マイダイブのウェブサイトから

ショップ情報

マイダイブ千葉県勝浦の現地ダイビングガイド

ノリさんが経営するマイダイブは勝浦を拠点とするダイビングショップ。勝浦市内の鵜原と行川のダイビング・ポイントを中心に、館山方面のポイントへの遠征や、ツアーなども行っています。


住所 
〒296-0041 千葉県鴨川市東町1000-7
電話番号 
090-6014-9063(携帯)、04-7094-5778(ショップ)
メールアドレス 
ueno33@docomo.ne.jp(携帯)
info@mydive.jp(PC)
ueno33@hotmail.co.jp(PC)

※日中は海に潜っていることが多いため、初めてのご連絡は携帯電話かメールがおすすめです。


勝浦ダイビング協会所属ショップ一覧

勝浦ダイビング協会では、8つのダイビングショップが連携しています。南房総・勝浦海域の環境保全、海洋生物の調査を通じて、勝浦の海の素晴らしさを世界に伝えています。

ほとんどのダイビングショップは、ウェブサイトに掲載されたメールか電話番号に予約をする仕組みです。各ダイビングショップの情報は以下から!


千葉・房総半島のダイビングサービス一覧

千葉ダイビングサービス協力会に登録する9つのダイビングサービスです。各地のダイビングサービスの多くは、個人のお客さんのガイドと、ダイビングショップのガイドさんへのサービスの両方を行っています。
ここで潜りたい!という方は、ダイビングサービスに問い合わせるか、近隣のダイビングショップにご相談ください。

エリアダイビングサービス
館山エリア【波左間】波左間海中公園
【坂田】シークロップダイビングスクール
【西川名】館山ダイビングセンター 西川名オーシャンパーク
【見物】館山ダイビングサービスSARA
【伊戸】伊戸ダイビングサービス BOMMIE(ボミー)
【沖ノ島】沖ノ島ダイビングサービスマリンスノー
勝浦エリア【行川(なめがわ)】なめがわダイビングサービス
【勝浦】勝浦ダイビングリゾート
勝山(鋸南)エリア【勝山】かっちゃまダイビングサービス
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この記事を書いた人

ミル房総の編集長・ライター。房総半島の鴨川市に拠点を置いて、地域の人々のライフスタイルを取材している。ダイビングとサーフィン初心者。

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