人は、透き通って綺麗なものだけを求めているわけじゃない(ジュンジさんとレイコさんの物語) 〜なめがわダイビングサービスの人々【第2話】

海はつながっていて、誰にでも平等に与えられた自然だ。しかし、「どこで誰とどんなふうに潜るか」はダイバーにとって意外なほど、海の体験を彩る大切なポイントだ。勝浦のなめがわダイビングサービスには、この場所を自分の根城に決めたコアなダイバーたちが集まる。施設を一から作り上げたジュンジさんとレイコさんを取材すると、人々が自然と集まる場になったその理由が少しずつ見えてきた。

なめがわダイビングサービスとは?

千葉県の房総半島の外房、勝浦市の行川漁港にあるダイビング拠点。鵜原漁港の「勝浦ダイビングサービス」と並んで、勝浦の海の多彩なダイビングポイントを提供している。関東全域の多くのダイビングショップ・オーナーや、個人のダイバーが訪れる。

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勝浦ダイビング協会の所属ショップ一覧はこちら

母性と父性の絶妙なバランス

機能する組織には、機能する家族のように、父性原理と母性原理の絶妙なバランスが働いている、というようなことを、ユング心理学者の故河合隼雄さんは書いていた。なめがわダイビングサービスはその典型かもしれない、と訪れるたびに感じる。経営者夫婦であるレイコさんとジュンジさん、この二人のキャラクターの対比が、この場所の魅力の一つになっているからだ。

レイコさんは母性の人だ。

施設で来た人を陽気に迎え、常連さんと初めてのゲストを分け隔てなく包み込む。ダイバーの中には、社交的な人もいれば、静かで多くを語らない人もいる。それぞれが独特の世界観でもって海との関わりを追求しているからだ。レイコさんは海況や猫の話題を媒介にして、たわいない会話で、人々をそっと「場」につなげる役割を果たしている。

看板猫のブー太郎。もう1匹はミケ子。

まるで昔から知っている親切な親戚やご近所さんのように、受容しつつ、それでいて踏み込みすぎない、絶妙な距離でゲストを見守っている。同時に、ゲストに危険がおよばないよう、環境を時々厳しい目で見張りながら。

対して、寡黙で硬派なジュンジさんは、父性の人だ。

専門技術に長けたダイバーであるジュンジさんは、必要最小限の言葉でゲストを導き、ダイビング船を操る。船の上でこれから海の世界に行くダイバーを一人一人ていねいに観察し、他のショップのゲストも隔りなく、装備を点検してそっと一人一人の不備を直して回る。

そして、海の世界から陸に戻ってくるダイバーたちが海中と船上をつなぐ梯子に足をかけると、その大きな手を差し出して、陸の現実世界にぐいっと引き戻してくれるのだ。

海に潜る前のダイバーたちの機材の不備がないか点検するジュンジさん

このジュンジさんは、勝浦ダイビング協会の立役者でもある。勝浦の海を盛り上げるためにと協会を自ら立ち上げ、地域とダイビングコミュニティが連携する、やわらかいつながりを作った。普通なら競合しがちなダイビングショップ間の親睦を深め、ショップ同士が協力し合う珍しい文化が生まれている。

「ダイビングショップ同士で、お客さんの取り合いにならないんですか?」と、つい尋ねた。

「みんな若いオーナーさんが多いから、助け合ってわきあいあいとしている感じよ。勝浦には、『ショップを選ぶのはお客さん』って雰囲気があるんだよね」とレイコさんは言う。以前なめがわダイビングサービスで雇っていた従業員が、独立して店を持つこともあったというが、よくあることなのだそうだ。

ダイビングショップのオーナーやガイドには、それぞれに個性がある。勝浦を訪れる多様なダイバーさんたちが、自分に合うショップを選べる環境であるほど、その地域のダイビング文化が盛り上がるということなのだろう。

なめがわダイビングサービスでは船の運転もサービスの仕事

自分たちがいいと思う場所をゼロから作る

なめがわダイビングサービスの施設を訪れたら、建物の細部をじっくり眺めてみてほしい。実はここ、すみからすみまでジュンジさんの手作りなのだ。

「このメインの建物は、実は漁師さんが使っていた古い『いけす』をリメイクしたんだよ」と、足元の床を履いていた草履のかかとでトントンと踏みしめながら、レイコさんが笑って言った。

「え、『いけす』?」
一瞬、「いけす(=生簀)」の意味がわからずにキョトンとしてしまった。普通に建てたプレハブ施設にしか見えなかったからだ。

施設の一角。床や壁、窓まで全て手作り

この施設、もともとは漁師さんが獲ってきた魚や貝を入れておく「いけす」を囲むようにして、カンタンな壁と屋根が付いていただけだったという。ジュンジさんはそこにネット通販で購入した3万円の窓枠をつけ、材木屋から調達した床を自分で張り、今の建物をこしらえたのだそうだ。

「えーと、窓…って通販で売ってるものなんですか」と驚くと、レイコさんはおかしそうに笑った。
「そう、売ってるのよ!うちの旦那さん、すごく手先が器用なの。なんでも自分でやっちゃうのね。だから、業者に頼んだら600万円はかかる改築が、60万円でできちゃったんだから」

ウッドデッキも、ストーブも、家具も、すべてジュンジさんがこしらえ、二人でペンキを塗った。ときどき漁師さんが大工仕事を手伝ってくれることもあるそうだ。

スタッフたちで塗ったレインボー階段

そんな手作り施設には、地元の千葉だけでなく、東京や埼玉、茨城などの関東圏からたくさんのダイビングショップがお客さんを連れて訪れる。

「ダイビングサービス運営のなにが面白いですか?」と尋ねると、レイコさんは言う。
「なにもかも、ゼロから自分たちで作り上げられるところ。自分たちがいいと思うポイントを作って、自分たちがいいと思う施設のあり方をいちから考えて、自分たちの手でペンキを塗って。すみずみまで、自分たちの思いを込められるところだよね」

個人のダイバーだけでなく、ダイビングショップの経営者たちと日々触れ合えるメリットも大きい。「たくさんのショップさんに出会って、刺激をもらえるのもサービスを運営する面白さ。へー、あんなサービスのやり方があるんだーって、学べることが毎日あるんですよ」とレイコさんは言う。

なめがわは規模の小さなサービスだ。時には予約がいっぱいで、ダイビングショップやゲストからの予約を断らざるをえないこともある。それでも、とことん手作りの暖かさにこだわり、自分たちのやり方を貫いている。その醸し出される個性が、ゲストにとってもちょっと特別な体験となっているのだ。

人は、透き通って綺麗なものだけを求めているわけじゃない

なめがわには常連さんのダイバーが多い。一度来ると、海底の決まった岩場にとどまって暮らす「居着きの魚」のように、何十年も通い続けてしまう人がいるようだ。

「週1でダイビングに来る人もいるよ。勝浦って、海の変化が多くてクセになる海だからだろうね」とレイコさんは分析する。

「なぜクセになるんですかね?」

「やっぱり、モロに外洋に接している面白さだと思う。回遊魚が多くて、地形が複雑で、面白い海なんだよね、勝浦って。黒潮が入ってくる日はね、夏でも水温が急に15度まで下がる時もあったり、そうかと思えば暖かかったり、本当に読めない海。とにかく変化が多くて、そこがスリリングなのよね」

いや、それだけだろうか?

くつろぐ常連ダイバーさん

行き交う人々を意に介さず、でっぷりと床に体を伸ばす看板猫や、施設の思い思いの場所で、自然体でまったりとくつろぐゲスト・ダイバーたちを、ぐるりと眺めながら考える。

なめがわのこの世界観は独特だ。究極のアットホーム感とノスタルジー。取材している私自身には、夏休みに訪れた田舎の海の思い出なんて持ち合わせていない。ないのだが、なぜか遠い昔の懐かしい記憶を掻き立てるような、いや、正確に言えば、そんな懐かしい思い出を持っていたかった、という憧れのようなものを刺激するのだ。

勝浦の海の野生の冷たさと、なめがわダイビングサービスの親密な暖かさ、この対比もまた、リピーターが塩煎餅と羊羹のように、何度も飽きずにおかわりしたくなる理由かもしれない。

「ゲストさんがダイビングの予約の連絡をしてくるでしょ。『今週は海が濁ってるよー』って言っても、『濁っててもいいの!行く!』っていうお客さんたちばかりなんだよね」と言い、レイコさんはアハハと笑った。

「なぜ、それでも潜りたいんでしょうね?」と尋ねると、少し考えて、レイコさんは答えた。

「人は、透き通ってて綺麗なものだけを、求めているわけじゃないんだろうね」

おそらく、それは海に限らないんだろう。訪れる人々は、その表面からは計り知れない、いろいろな価値を求めてここにやってくるのだ。

(第3話へ続く)

ショップ情報

なめがわダイビングサービス

なめがわダイビングサービスは新勝浦市漁業協同組合が運営するダイビングサービス兼ショップ。初心者から上級者までが楽しめる5つのダイビング・ポイントがある。漁港近くの浅瀬では、白くて美しい海底の砂地と、イソギンチャクの群生が見られる。


住所 
〒299-5255 千葉県勝浦市浜行川166-2
電話番号 
080-5053-1835(携帯)、0470-76-3480(ショップ)
メールアドレス 
dive@namegawa-ds.com
営業時間
8:00 AM – 4:00 PM(電話は21時まで)

※2日経ってもメールの返信が無い場合は、迷惑メールに振り分けられている場合が御座いますので、お手数ですがお電話か別メールにて再度ご連絡下さい。


勝浦ダイビング協会所属ショップ一覧

勝浦ダイビング協会では、8つのダイビングショップが連携しています。南房総・勝浦海域の環境保全、海洋生物の調査を通じて、勝浦の海の素晴らしさを世界に伝えています。

ほとんどのダイビングショップは、ウェブサイトに掲載されたメールか電話番号に予約をする仕組みです。各ダイビングショップの情報は以下から!


千葉・房総半島のダイビングサービス一覧

千葉ダイビングサービス協力会に登録する9つのダイビングサービスです。各地のダイビングサービスの多くは、個人のお客さんのガイドと、ダイビングショップのガイドさんへのサービスの両方を行っています。
ここで潜りたい!という方は、ダイビングサービスに問い合わせるか、近隣のダイビングショップにご相談ください。

エリアダイビングサービス
館山エリア【波左間】波左間海中公園
【坂田】シークロップダイビングスクール
【西川名】館山ダイビングセンター 西川名オーシャンパーク
【見物】館山ダイビングサービスSARA
【伊戸】伊戸ダイビングサービス BOMMIE(ボミー)
【沖ノ島】沖ノ島ダイビングサービスマリンスノー
勝浦エリア【行川(なめがわ)】なめがわダイビングサービス
【勝浦】勝浦ダイビングリゾート
勝山(鋸南)エリア【勝山】かっちゃまダイビングサービス
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この記事を書いた人

ミル房総の編集長・ライター。房総半島の鴨川市に拠点を置いて、地域の人々のライフスタイルを取材している。ダイビングとサーフィン初心者。

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