名古屋からきた伝説のダイビング・インストラクター 〜バンザイカフェの陰陽論 【第2話】

勝浦にあるBanzai Cafe(バンザイカフェ)は、房総半島の豊かな自然を眺めながら美味しい珈琲と食事を楽しめる居心地の良いカフェだ。今でこそ人気のカフェとして定着しているお店だが、もともとはダイビングショップ併設のカフェだった。少し時を遡って、店主のケンさん、ナナエさんが勝浦に移住して夢だったお店を持つまでの物語をのぞいてみよう。

Banzai Cafe(バンザイカフェ) とは?

国道128号線沿いにある、千葉県勝浦の海が一望できるカフェ・レストラン。洋食からエスニック、勝浦タンタンパスタまでバラエティに富んだ創作ランチと、カフェタイムにはこだわりの珈琲とオリジナルデザートが味わえる。ヨガスタジオ、Banzai Yogaを併設し、オリジナルグッズの販売も行っている。

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Banzai CafeBanzai Yoga

カナダから名古屋、そして勝浦へ

勝浦の松部漁港の目の前にあるカフェ・レストラン、バンザイカフェ。この店で接客を担当するナナエさんの正体、実は「名古屋から来た伝説のダイビング・インストラクター」なのをご存知だろうか?

ナナエさんが夫のケンさんと、今のバンザイカフェの前身となる「ばんざいダイバーズ」をオープンしたのは、2008年だ。勝浦初の独立ダイビングショップで、昨年の2024年3月に営業終了するまでの16年間、たくさんのダイバーに愛されてきた人気のショップだった。

ナナエさんがガイドとして海に潜り、ダイバーたちの冷えた体をケンさんのランチが温める。そんな夫婦二人三脚の「カフェ併設のダイビングショップ」というユニークなスタイルからお店が始まった。

水温が低い勝浦で潜る海人さんの体を温める勝浦タンタンメン。
それをアレンジしたオリジナル「勝浦タンタンパスタ」はTVでも取り上げられた人気メニュー。

自分の拠点を持ちたい。いつか、どこかで

少し前に時を遡ろう。

カナダからケンさんよりひと足先に帰国したナナエさんは、地元の名古屋でダイビング・インストラクターになった。当時まだ20代。名古屋は周辺にダイビングができる海がないため、お客さんと機材を車に詰め込んで伊豆や和歌山へ長距離運転する毎日だった。海のガイドより、運転している時間が長かったと言う。

そんな生活を3年ほど続けたころ、カナダからケンさんが帰国し、二人は名古屋で結婚生活を送ることになった。

30代で自分たちの拠点を持ちたい。いつか、どこかで。

それがナナエさんとケンさんの二人の夢だった。ケンさんはカナダでの経験を活かして飲食店で働き、ナナエさんは日本中の海をガイドをしながら、拠点とすべき海を探して回った。

今や夢が叶い、自分たちの拠点を持ったナナエさんとケンさん。厨房で談笑しながら働く二人。

勝浦が移住先の候補に急浮上したのは、ケンさんの父の情報からだった。千葉在住で釣りが趣味のケンさんの父が「千葉でもダイビングできるって知ってた?」と教えてくれたのだ。千葉にダイビングスポットなんてあっただろうか?奄美大島や沖縄への移住を考えていたナナエさんには意外な候補だった。「旅行がてら観に行ってみよう」というノリで、ケンさんの両親とケンさん、ナナエさんの4人で勝浦にやってきた。

勝浦は、人が自然を操作していない海

勝浦ダイビングリゾートを一目見て、「ここだ…!」とナナエさんは直感した。

当時の勝浦ダイビングリゾートは、オープンしたばかりの拠点で、勝浦漁港初のダイビングポイントだった。鵜原漁港の入り口を進み、古い業務用のトンネルを抜けた先に、隠れ家のようなダイビング拠点が開ける。

「なにコレ!ってすごくワクワクしたのを覚えてます。秘密基地みたい!って。」

千葉県勝浦の海。海岸に多くの入江が点在する複雑な地形で、野性味あるダイナミックな海が楽しめる。

家族旅行の道中でいきなり突撃訪問してきたナナエさんに、勝浦ダイビングリゾートのオーナーである宮崎 崇さんは驚きつつも、「勝浦はまだ始まったばかりで、ダイビングサービスもここ1つだけ。これから軌道に乗せて盛り上げていかなければいけないんだ。」と熱い思いを語ってくれた。

「私の仕事はここにある」とナナエさんは確信した。「まだ出来上がっていない、これから始まる場所を自分の手で開拓したい。そう強く感じました。絶対ここだ、ここしかない!って。」

旅から帰った翌月、ナナエさんはバス飛び乗って単身で勝浦に向かった。

勝浦の海は何もかもが違った。伊豆や和歌山、沖縄の海を潜り慣れたナナエさんには新鮮だった。複雑に入り組んだ地形、うねりと流れが強いワイルドな海、驚くほど濃い魚影。一言で言えば、「渋い」。漁師さんに頼み込んで大しけの荒い海を潜った時、「こんな荒い海に来てくれるダイビングショップがいるかな?」という宮崎さんに、「逆にコレがいいんです!」と断言した。この海にはギャンブル性がある。面白い拠点になると確信したのだ。

太平洋の荒波に削られたリアス式海岸が特徴。風情のある景色と豊富な水産資源が魅力だ。

「人が自然を操作していない海でした。」とナナエさんは説明する。

「ダイビング・ガイドは、やり方によってはお客さんに安定して常にある部分だけを見せることもできます。穏やかな海なら、ここまでしか自然をさらけ出さない、っていう線引きができる。でも、勝浦の海はその切り取りを許さないんですね。マイナスの部分も全部受け止めて見せるしかない。だからガイドは常に全力で海を伝える必要があるんです。生き物との出会いも一期一会で、二度と同じじゃない。だから、何事にも全身全霊をかけるのが好きな自分の性格にぴったりだと思いました。」

どこでもいいよ、どこへでもいこう

さて、勝浦への移住をさっさと決めて帰ってきたナナエさんに、夫のケンさんは「え?南の島に行くじゃないの?」と驚きつつも、「まあ、飲食店の仕事はどこでもできる。どこでもいいよ、どこへでも行こう。」と答えた。

「主人はいつもこんな感じでスタンスが変わらないんです。私がワー!ギャー!移住だっ!って熱くなっている横で、淡々としていました(笑)」

移住してきたナナエさんは、勝浦のダイビングを持ち上げるためにまさに全身全霊をかけた。この時の同僚が、以前の記事で登場した勝浦ダイバーのノリさんだ。「ナナエさんは本当にすごいインストラクターなんです」とノリさんは何度も語っている。技術が高く知識が豊富で、誰よりも情熱的。名古屋からやってきたこの熱い女性ダイバーは、お客さんにも大人気で勝浦ダイビングリゾートの看板的な存在だった。

ナナエさんのダイビングガイド時代を支えた、勝浦ダイビング協会のインストラクター仲間たち

ほどなく、新たな勝浦のダイビング拠点、行川ダイビングサービスが誕生した。ダイバー夫婦の福永ジュンジさんとレイコさん夫妻が行川漁港を拠点に作り上げたダイビングサービスだ。ナナエさんとノリさんは夫婦二人の奮闘に共鳴し、ダイビングポイント作りやブイ打ちを手伝った。(福永さん夫婦の行川開発の物語は以前のシリーズをぜひ参照してほしい。)

「ゼロからの立ち上げでした。まさに、やりたかったことでした。」

二つのダイビングサービスが軌道に乗り、勝浦の海は自然を求めるダイバーたちにとって人気のダイビングエリアの一つになっていった。

独立ダイビングショップ、「ばんざいダイバーズ」の誕生

行川ダイビングサービスがオープンするちょうどその年、ナナエさんとケンさんは独立を決意した。

「二人の夢でしたから。海の近くで、飲食店とダイビングショップを合わせたお店をいつか一緒にやろうって。それに、鵜原と行川、両方を案内できるダイビングショップが勝浦には必要だって思ったんです。」

宮崎さんは背中を押してくれたという。漁港の漁師さんたちもナナエさんの思いを理解し応援してくれた。

「それに、行川の福永さんとレイコさんの二人がいなかったら、独立はできてなかったかもしれません」とナナエさんは回想する。「すごく良くしてもらいました。みんなで勝浦のダイビング文化を作っていこうねって言ってくれて。ダイビングサービスとショップが一つのコミュニティとしておだやかに協力しあう、勝浦ならではのダイビングカルチャーが育っていきました。その後独立ショップがいくつも入ってきて、みんなで支え合って今の形になったんです。」

ショップの名前は「ばんざいダイバーズ」。勝浦ダイビングリゾートのスタッフが独立して開業する、初の「のれん分け」スタイルだった。ダイビングショップと飲食店が合体した、二人ならではの店の誕生である。

海をガイドするナナエさん(右)

勝浦ダイビングコミュニティのガーディアン

「勝浦はたくましいダイバーを育てます。」とナナエさんは断言する。

「勝浦の海には中毒性があるから、この海で始めたガイドはずっとこの海に留まりまるんです。伊豆から来たガイドさんが、『この海の20本は沖縄の100本に相当するよ。潜れる自分に自信を持って!』ってお客さんに講習をしていたぐらい(笑)。」

今はダイビング・インストラクターとして一線を退いたナナエさんだが、勝浦ダイビング協会との関係は変わらず深い。協会の会計事務を手伝いながら、勝浦のダイビング文化のガーディアンとして裏方的に海の仕事を支えている。

わきあいあいと協力し合って海を盛り上げるのが勝浦ダイビングコミュニティの文化(当時の写真)

例えば、新しくダイビングショップを開きたい人が、「それなら、ちょっとナナエさんと一度お話してみたら?」とアドバイスされてやってくることもあるそうだ。

「大切なのは人ですからね。勝浦のガイドの仕事は命懸けで、地域に深く関わる仕事。漁師さんや他のダイバーたちといい関係を築いて初めて成り立つ商売です。つながりを大切にできない人には向きません。だから、沖縄などで資格を取ったばかりの経験の浅い人が開業したいとやってきたら、時には『勝浦は難しい海だよ。まずはどこかのショップでアシスタントをしてみたらどう?』なんてアドバイスする時もあります。」

情熱を投じた「ばんざいダイビング」が6年目に突入した時、ナナエさんは新たな人生の岐路に立つことになった。

(つづく)

ショップ情報

Banzai Cafe(バンザイカフェ)

千葉県勝浦の海が一望できるカフェ・レストラン。ランチメニューはパスタ、オムライスなどの洋食、タイ料理、地元名物勝浦タンタンメンをアレンジした勝浦タンタンパスタを提供。カフェタイムにはこだわりの珈琲とオリジナルデザートが味わえる。ヨガスタジオ、Banzai Yogaを併設し、オリジナルグッズの販売も行っている。


店内イメージ
1階はカウンター席とテーブル席があり、2階はテーブル席の他にソファ席あり。2階からは勝浦の海が一望できる。全24席。終日禁煙。

住所 
〒299-5241 千葉県勝浦市松部1545
※国道128号線沿い、勝浦市松部(まつべ)漁港前の白い建物

電話番号 
0470-70-1580

メールアドレス 
cafe @ banzai-dc.com

営業時間
水曜〜日曜 11:30-18:00
(18:00以降のご利用は予約制)

定休日
月曜・火曜日
※祝日はランチ営業のみ。不定休あり。

支払い方法
カード不可、電子マネー可、QRコード決済可

Webサイト / 食べログ

Banzai Café / Banzai Yoga


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この記事を書いた人

ミル房総の編集長・ライター。房総半島の鴨川市に拠点を置いて、地域の人々のライフスタイルを取材している。ダイビングとサーフィン初心者。